netgeek

5

「嫌ならやるな」 五輪ボランティア問題でIOCコーツ副会長が逆ギレ

腹BLACK 2018年9月13日
 

大規模な人手不足が見込まれる2020東京五輪について、IOC(国際オリンピック委員会)のジョン・コーツ副会長が逆ギレともとれる挑発的な発言を行った。

こんなことを言って大丈夫なのだろうか…。

コーツ副会長「ボランティアはボランティアだ。やりたくなければ申し込まなければいい」

強気の発言だが、必死に人手を集めているのが運営サイドの現状なわけで、このタイミングで不必要に日本国民の反感を買う発言をするのは愚かなだけだ。

東京五輪はすでに大学・企業に人員の派遣を依頼している。例えば東京五輪のスポンサーである富士通と三井不動産は、組織委員会からボランティア枠300人徴兵のノルマを課せられた。このように水面下では半ば強制的なことをしているのに表では「嫌ならやるな」と挑発するのは筋が通らない。

その後の発言。

ボランティア参加の魅力をアピールするコーツ副会長。いや、そうではなく待遇を改善してほしいと言っているのだ。

今度は「参加を真剣に検討してもらいたい」と180度手のひらを返す。もう支離滅裂。

この他、サマータイム導入案についてもコーツ副会長は「非常に良い解決策のように思える」と発言した。しかしネット上の世論は圧倒的にサマータイム反対派が多い。

なによりEUが失敗を認めて廃止に向けて動き出しているのだ。体内リズムを急に変えることで心臓発作などの健康リスクが高まるうえ、期待されていた電力消費量の削減は確認できなかった。要するにメリットがなく、デメリットだけの方法だったのだ。

参考:【速報】EUがサマータイム廃止へ。健康に悪影響。日本「え?」

コーツ副会長はことごとく自分の思い込みで発言しており、ターゲット層のニーズを汲み取るマーケティングがひどく下手なように思える。最も大切にすべきターゲット層を自分から突き放すことは絶対にしてはいけない。

過去に似たような失敗事例が2つある。

(1)吉野家の「嫌なら食べなければいい」騒動。

安全面が不安だという人に対し、吉野家の社員が突き放すような発言を行い、その後この画像が何年も事あるごとに使われることになった。

裏を返せば、吉野家に期待しているターゲット層が「不安を解消してほしい」とメッセージを送っているということなのだから、社員としてはもっと謙虚に対応すべきだった。そうでないと進歩がない。

(2)岡村隆史の「嫌なら見るな」騒動。

岡村隆史が視聴者に対し「嫌なら見るな」と言ってフジテレビにまで火の粉が飛んだ。結局、めちゃイケが終了することになり、極楽とんぼの加藤浩次が岡村隆史に「あの発言のせいでフジテレビまで『見るな』ってなって風向きが変わった」と指摘。岡村隆史は発言から7年後に自分が間違っていたと謝罪した。

何か問題が起きたとき、つい逆ギレして反論したくなる気持ちはわかる。しかし、それではうまくいかないというのは歴史が証明しているのだからいい加減学ばないといけない。

コーツ副会長の無神経な発言には多くの人が怒っており、ネット上では炎上騒動にまで発展している。ボランティア志願者はただでさえ少なかったのに、ますます減るだろう。

▼この記事が面白かったらいいね!

▼この記事をシェアする









▼netgeekをフォローして最新情報を受け取る


Comments (5)

  1. 嫌だから行かない

    ボランティアの活動内容を見たけど、素人でできるとは思えない内容が多々ある。
    送迎サポートなんて大会関係者が快適に移動できるよう車を運転しろってこと・・・・
    タクシー会社に委託したら?

     
  2. 出来ることなら東京オリンピック自体を中止にしてほしい。
    人が多くなり住んでいる人にとっては迷惑このうえない

     
  3. netgeekみたいにもともとやる気なんて微塵もない奴らがネガキャンばっかして志願者減らすのをやめろって言いたいんじゃないの。嫌なら自分が応募しなきゃいいだけってど正論じゃん。何が逆ギレだよw

     
  4. 「嫌であるならやらなければ良い」というのは確かに正論ですが、募集している以上は来て欲しいという意思があるので募集をしているわけです

    来て欲しいけれども「嫌なら来るな」というのは、人々が嫌だと思う事の改善を放棄しているからだと思います
    何と言いますか、簡単に言えば「他者を都合よく使いたい」という意図が透けている事に嫌悪感があるんだと推測します

    「実際はそうではない」と反論される場合は、費用がどうしても足りていないので致し方なくこういう形式になってしまったんだ、という説明が必要になります
    ですが、実際には建設費用が余りにも膨大で当初の予定の8倍以上使ってしまっているという情報が明らかになってしまっているので、単純に費用の分配がおかしいと誰もが思ってしまうわけです

    費用という言葉を使っていますが、これは税金ですからね
    何故税金を全て建設費用に使い果たし、運営費用にはほとんど残しておかずにボランティアを募っているのか?という疑問はある意味で当然の事だと思います

    要は、都議会や運営委員会があり話し合いをしているにも関わらず、あまりにも行き当たりばったりな事をしていて「嫌ならやるな」と言うのは、流石に横暴だと感じる人がいても個人的には不思議な事だとは思えません

    「嫌ならやるな」だけをピックアップすれば確かに正論だとは思いますが、状況的なたくさんの要因がそれを正論ではなくさせているわけですね
    個人的にこの言葉は、状況によって正論にも暴論にもなっている気がします

    批判を封じる言葉なので嫌悪感がある方もいるかもしれませんね
    例えばこのサイトの運営者からすると、このサイトに文句を言う人に対して「嫌なら見るな」と言えてしまいますからね

    これを正論だと思う方は、その考えの通りに見なければ良いはずなので、まずこのサイトに批判をする事はご自身の考えとは相反して行動してしまっている事になります
    結果的に、言ってる事とやっている事が違う、という事になってしまうわけです

    言論封殺的なニュアンスがあるので、例えこれが正論だと考えていたとしても言わないようにするのが無難じゃないかなと思います

     

Leave a Comment




Login to your account

Can't remember your Password ?

Register for this site!