堀江貴文が起業したのはスティーブ・ジョブズのMacに感動したからだった!衝撃の事実が今明かされる
netgeek 2015年10月19日
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シーマンをつくったことで有名な斎藤由多加氏との対談で、「僕ネットの世界に入ったきっかけはMacですからね」と話しだすホリエモン。
「パソコンって使ってる人がカッコ悪いものと思ってたんですよ。オタクで暗くて…って。でもMacはクリエイターの世界で、『あ、こんなかっこいい世界があったんだ!』って思った。それでネット(IT)を仕事にしようと思ったんです」。
▼当時のPCは「パソコンオタク」という言葉が生まれたほどイメージの悪いものだった。それをジョブズはオシャレな文房具をつくるようにデザインしろと指示し、パソコンユーザーのイメージは一気に変わったのであった。
デザインを担当したのは現在AppleでCDO(最高デザイン責任者)を務めるジョナサン・アイブ。ジョブズはビル・ゲイツのマイクロソフト製PCをデザインがダサく使い勝手が悪いと考えていた。もし、ジョブズがいなければ今でもパソコン業界はマイクロソフトが独占し、クリエイティブな側面の成長が途絶えていたかもしれない。
斎藤由多加「知られていない事実があって、ジョブズは責任者として仕事してたけど、やっぱり現場の力が大きかったんですよ」。
「ジョアンナホフマンっていうマーケティングの責任者、要するにMac事業のトップになる女性がいて、その人はポーランド、つまり共産圏の出身なんですね。モノがない中で電気製品の説明書は英語やドイツ語で書かれていて読めない。だからもし自分がつくるんだったら言葉が分からなくても使えるようにしたいと考えていた。それでマウスとかアイコンとか考えていったと言ってた」。
ホリエモンは書籍「ゼロ」などで度々、どうしてITで起業したのかを語っている。
中学生のときにパソコンにドハマリして趣味で遊び倒していたホリエモンは東大入学後にバイトを探し、「プログラマー募集」という採用広告を目にする。「昔やってたからたぶんできるだろうなと思って始めたらやっぱりできたんですよ」。
東大からすぐ近くのオフィスでバリバリ働き、月収数十万円を稼ぐまでになったので迷うことなく起業。当時の社長からは給料を上げるので残って欲しいと打診されたが、「自分が会社に貢献している利益はそんなものじゃない」と計算して有限会社オン・ザ・エッヂを設立したわけだ。そしてホームページ制作をどんどん請け負って顧客を増やしていき、事業領域を広げていった。
この起業に至るまでの過程にはジョブズが切り開いてくれたクリエイティブな道具としてのMacに魅せられた部分が大きかったのだろう。実際ホリエモンは起業前からずっとMacを使って仕事をしていた。
動画はこちら。
思わぬところで2人の大物が繋がっていたとは驚き。ホリエモンのことが好きな人は是非ジョブズの本「スティーブ・ジョブズ」も読もう。優れた製品をつくることにいかに集中していたかについて書かれているところが特に感銘を受ける一冊となっている。
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